コンセプト&ヒストリー

法善寺ジャズストリートの歴史 History of HOZENJI JAZZ STREET

INTERVIEW:法善寺ジャズストリート 発起人 川名 正博 氏
川名 正博 氏(写真)
法善寺横丁まつりに僕は「音楽」を持ってきた
僕は今の場所に店を構えたんが1988年ですけど、その前年に法善寺横丁まつりに参加したんです。当時の法善寺横丁は60軒ほどの店が軒を連ねていて、年に一回、自分とこの商売以外で、屋台を出してまつりをしてたんです。「法善寺横丁まつり」の発端は、1982年に横丁のアスファルトの道を、南海電車の敷石を持ってきて戦前のような石畳にしたことを記念してはじまったんやけど、最初は横丁だけのまつりやったんです。
それからオモテの道、参道の店も参加するようになっておっきなってきた。僕も面白そうやから参加しょうと思て、「僕は音楽を持ってきます」ていうたんです。家から下駄箱持ってきて、ごっつう飾り付けして、ラジカセからJAZZ流した。横で一斗缶でホルモン焼きながら。で、次の年にはうちの店も宗右衛門町から移ってきて、ライブもはじめました。「法善寺JAZZ STREET」の名前はその頃から使ってます。当時はホンマにストリートで、横丁の入口にドラムセット置いて、道の半分くらいまでせりだすんやけど、それでライブやったわけです。初回に来てくれたんはギターの石田長生さん、トランペットの唐口一之さん、ドラムの上場正俊さん、とか。投げ銭でやってたんやけど、結構皆さん入れてくれて、後年には1日十万位入ってたな。夕方の6時半から10時まで2ステージやるんやけど、勝手に外人プレーヤーが飛び入りしたり、休憩時間にピアノ弾かしてくれへんかいう人がおったり、だんだん知られてきて、お客さんも増えてきて、今では待ちかまえたように来てくれるようになりました。

法善寺JAZZ STREET(写真)

どんな時も、みんなが助けてくれた
それでそのうち、まつり自体もイベント化したいという声が出てきて、広場でやるようになった。
法善寺界隈は、もともと芸人のお客さんが多いし、人間国宝の吉田蓑助さんの文楽とか、桂春団治さんのお弟子さんの大喜利とか、中座に出てる役者さんとか、そんな人らが昼間やって、夜はジャズやったらどうや、というわけですわ。
・・・でも、1999年に不況の煽りとかいろんな理由で広場でやるんはやめようという話がでた。僕としては、楽しみに来てくれるお客さんや参加してくれてるミュージシャンのことを考えると止めたくなかったわけですわ。
それで困ってお寺に相談に行ったら、お堂でやってもええよと言うていただいて、その年はお堂でやりました。また嬉しいことに、この年は黒田征太郎さんがまねき猫のイラストをモチーフにした原画を100枚書いてくれてね、それで提灯のかわりに賛助金集めたらどうやいうわけです。ほんまに、ありがたいって思いましたよ。このお堂では火事でまつりができなかった2003年にもチャリティコンサートをやらせてもらいました。
火事があったり、店が変わったりして、この辺りもちょっとずつ変わってきたけど、法善寺ジャズストリートは、どんどん広がってきてる感じがあります。お客さんも「今年も楽しみにしてたんや」って言うて、やってきてくれるし、ジャズマンも向こうから声かけてくれる。最初はビールとビール会社からもろた団扇付きやった協力チケットも、黒田さんが毎年絵を書いてくれる手拭いになったし、2005年には、大型提灯に企業の協賛ももらえるようになった。これは“大阪を心から愛する企業!"10社限定で、どっかが引いたら次が入るていう、ちょっとエラそうやけど広告いっぱい集めたらええいうもんでもないし、自分らの手づくりを助けてもらうくらいにしときたいしな。
まつりの時はうちの店は休みで、スタッフルーム兼楽屋、ビール冷やしといて「適当に飲んでなー」というてる。ヨメさんは握り飯つくって、子供は金魚すくいの店やって、家族総出の手づくりですわ。2日目が終わったらみんなで広場の椅子片づけて、カンテキで火熾して、10キロのホルモンをみんなで焼いて打ち上げや。これがまたええねんな。うまいで〜。

法善寺JAZZ STREET(写真)

ジャズがつなぐ人と人との輪
ジャズとの出会いは高校時代のジャズ喫茶やけど、23歳のときに洋服屋をはじめる資金稼ぎのつもりではじめた店が、今の僕をつくってしもた。ジャズをかけて洋酒を売る店、スナックを居抜きで借りて、改装して、ジャズのカセットかけてた。レコードもたった26枚しかもってなかったから、友だちに花いらんからかわりにレコードを持ってきてくれいうて、レコードの帯についてる紹介文を切って100人くらいに送った。
それがスタート。そのうち夜中2時までの店のはずが、ライブが終わってから来るジャズマンとか増えて5時、6時まで。ジョー・ヘンダーソンが来てたこともあった。今、法善寺ジャズに出てくれてる人たちもそんな付き合い。大塚善章さんとかレギュラーみたいな人は呼ばんと気ぃ悪いような感じもあるし、大御所の宮本直介さんなんかも会うたびに「なんかやってるらしいなー」とか「ギャラはみんなと一緒でえーで」とか、いろいろ声かけてくれるし、気にかけてもらえるいうのはうれしいもんや。普段は馬の合わん(?!)ミュージシャン同士も、おまえがやるなら特別やいうて、一緒にやってくれるし、以前は薪能や常磐津とジャズメンのセッションもやった。今後は大御所を集めた企画とか、若手が育つ場にもしたいし、まだまだ広がりまっせ。

川名 正博 氏(写真)

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